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市民のみなさん方へ表紙

はじめに友人への手紙恒久民族民衆法廷おわりにフィリピンの友人との往復書簡



恒久民族民衆法廷(2007年3月21日−25日、オランダ、ハーグ)
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4. 経済的・社会的・文化的権利侵害の歴史的枠組み

 1980年にフィリピンにかかわる恒久民族民衆法廷の最初の裁判がおこなわれて以来、悪化したことを別にすれば、フィリピンの社会的=経済的状況に変化はなかった。恒久民族民衆法廷の審判員は、1980年のときも、国内エリートと外国の権益のために、フィリピンでは経済制度が不平等な構造になっていると弾劾した。このとき審判員は、フィリピンとこの地域で、帝国主義的政策を遂行することによって米国が果たしている経済上・政治上の支配的役割を有罪とした。
 ほぼ30年後、すなわちほぼ一世代後のこんにち、フィリピン民衆の大多数(農民、漁民、労働者、臨時雇い、低収入の専門職)は、依然として、物質的・社会的・文化的生活への基本的権利を奪われたままである。公式に発表された数字が示しているように、少数のフィリピン人が、多国籍企業もそれに加わるが、国民の富のほとんど大部分を収奪している。数字の背後にいる生身の人間――子ども、大人や老人、男や女――を思うと、これはとりわけ痛ましい。
 フィリピンの人口は8700万人である。そのうち、一日2米ドル以下で苦闘し生き延びているのが6500万人(人口の80%)、毎日飢えかつえているのが4600万人いる。状況は悪化する一方である。2000年以来、一家の平均収入は10%下落した。貧民の大多数は農村部(70%)で暮らしている。このような状況はとりわけ子どもに影響を及ぼす。千人あたりの乳児死亡率は1990年に24人だったが、1998年には14人、2003年には40人になった。10歳以下の子どもの四分の一――すなわち610万人――が体重不足である。
 これは偶然的結果ではない。政策の論理的帰結である。1980年の恒久民族民衆法廷の第一回法廷は、ネオリベラル的独占資本主義(ワシントン・コンセンサス)のはじまりと同時期であった。この独占資本主義は、開発途上諸国の累積債務危機を解決するために、市場開放の拡大と強制を決定し、これによって国民所得における労働のシェアの減少、公的サービスの民営化、資本・財・サービスの流通の自由拡大をもたらした。国際的な金融・通商機関(世界銀行、IMF、WTO)に支援されたこのような政策は、彼らの特殊利益にしたがって、優勢な権力と社会階級が世界を支配する可能性を提供している。
 これはフィリピンでも起きている。国民所得における労働のシェアは、1979年の60%から2004年には37%に下落したが、企業の利益は印象的である。2001年から2004年のあいだに、上位企業1000社の所得は23億米ドルから100億米ドルに増加した。最低賃金は生活費の上昇に後れをとり、賃金格差は2001年と2005年のあいだに44%増加した。失業も増えた。たとえば、2004年と2005年のあいだに、労働者の失職は52%増加した。農村部では、1971年には48%だった借地農家と定期借地農家が、1971年には52%に増えた。
 経済活動と公的サービスの民営化も増えている。40億米ドル超の公的資産が私的部門に移転した。このような事例として、石油産業、電力産業改革法(2001年)、メイニラド水道会社(2006年)の再民営化のケースや、公共インフラの民営化(RA7718)のケースがある。
 経済の自由化が様ざまな方法で推進されている。一連の関税改革プログラムによって、農産物関税は1981年の43%から2003年には11%に下がった。工業製品関税は、1981年の39%から2003年には5%に下がった(TRPI、II、III)。自由経済地区が奨励されている(RA7916)。アメリカ合州国との自由貿易協定は準備中だが(US-RP FTA)、日本との協定(JPEPA)とASEAN諸国との協定(AFTA)は調印されている。外国投資について適用される公法律は、天然資源(鉱業についてはRA7942)、農業(RA7652)、公益企業(RA7721)、航空会社(1995年)そして小売業(2000年)の諸分野で外部資本の参入に道を開いた。1987年憲法が予測した経済的主権と国民の財産を除去しようという努力が重ねられている。外国からの投資は、1980年−1984年の6%から2000年−2005年には16%に増加し、2005年には累積で190億米ドルに達している。
 その結果、富裕層に富が集中している。2001年と2005年のあいだに、上位企業1000社の実質所得は325%増加した。人口の上位10%の最富裕層の所得は下位10%の最貧困層の22倍になった。加えて、オンブズマンの見積もりでは、汚職で消えてしまう資金の総額は、2001年と2005年のあいだで、政府予算の20%に相当する240億米ドルになっている。1980年以来、本国送還資本は200億米ドルに達している。収奪された鉱物資源は、1970年以来の輸出総額の250億米ドルに相当する。
 さらに、フィリピン民衆は増え続ける対外債務を支払わなければならない。現在、公的セクターの債務総額はGDPの110%の6兆ペソ(1200億米ドル)にのぼり、債務返済に充てられる収入の85%を食い尽くしている。フィリピン史上最高額である。結果として、きわめて重要な経済的・社会的サービスが負債の支払いのため削減されている。2006年には、予算の35%が利払いに消え、これは教育・保健・住宅の予算を合計した5倍に相当する。
 地場産業が破壊され、国際化の波に呑み込まれている。1995年から2000年のあいだは毎日、四事業所が閉鎖になり、2001年から2005年のあいだにその数は倍増した。2005年には3,054の事業所が閉鎖され、57,921人の労働者が失職し、失業が増えた。企業による土地所有は偽りの包括的農業改革計画を台無しにし、その結果、土地の集中が起きた。
 こんにち、債務返済と公有企業の民営化で大きな代価を払っているのは社会の貧困層、とりわけ女性と子どもである。債務返済と民営化では、ヘルスケア制度が軽視され、公共支出が徹底的に削減されるため、子どもと妊婦の死亡率が悪化している。このため、ワクチンを接種した妊婦は37%にすぎない。保健施設で出産する女性は都市部でも54%にすぎないが、農村部ではほんの22%であり、59%が医者/看護師/助産婦の助けをかりずに出産する。
 保健支出に占める公的割合は、2000年の41%から2004年の30%に減ったため、教育と保健の施設が深刻な影響を受けている。教育インフラの欠如、公立校に子どもを通わせるのにかかる費用、そのほか貧困による要因のため、250万の子どもが労働者として働いている。150万人がストリート・チルドレンになっている。
 民衆の健康への権利や社会的権利という基本的な権利の否定は、フィリピン経済の危機がもたらした結果である。政府はこの危機の根源的原因にとり組まずに、地域エリートと支配的外国権力の利益のため、合法をよそおった非合法の殺害・弾圧・拷問によって民衆とその資源を搾取し続けている。
 どの国家でも、その成長と発展は農民、漁民、労働者、先住民族、女性、そして彼らの社会の勤勉な労働にある。しかしこのような民衆が極度の貧困、飢え、失業、土地および全ての資源の喪失に直面するなら、暮らしそのものが脅かされ、社会が破壊されるため、発展は無意味である。これがフィリピン人の過酷な現実である。
 農民、先住民族、産業労働者は、フィリピン民衆の主要な三セクターであり、とりわけ彼らに注意を払わなければならない。
 最近の政府統計とフィリピン農民運動(KMP: Kilusang Magbubukid ng Pilipinas)の研究では、フィリピン農民10人のうち7人は農地がない。彼らは極端に高い地代と、収穫期には100%から400%におよぶ高金利に苦しんでいる。農地につぎ込まれる費用は依然として高価だが、貿易自由化のため、農産物の価格は非常に安い。このため多くの農民が負債をかかえて破産に追い込まれている。この状況は、国民間の格差と地域間の格差をさらに助長している。
 企業は農民の破産を示談にする一方、世界銀行が推進する農業企業化と市場指向の包括的農業改革計画のもとでアグリビジネスの契約を増やし、農地の借地化を進め、支配下の土地を増やしている。その結果、小農たちは長年耕作してきた農地から立ち退かされ、三分の一以下の地主が農地の80%以上を所有するようになっている。
 生き続けていくための闘いに敢然と立ち向かった農民たちは、みずからフィリピン農民運動(KMP)を組織し、民主的手続きをつうじて彼らの権利を主張してきた。しかしこの抵抗運動はいま、農村地域の軍事強化を通じて、国家による抑圧に直面している。統計によれば、超法規的殺害と拉致の被害者のほぼ60%は農民であり、その大多数はKMPのメンバーである。農民指導者の殺害は単発的ではなく、計画的・組織的な殺害である。殺害のまえに、被害者の中傷キャンペーンが行われる。適切な捜査は行われず、国家は否認の態度を崩さない。これにたいして、証人には脅しがかけられ、合法をよそおった非合法の殺害・弾圧・拷問というパターンが幅をきかせ、説明義務は一切果たされない。
 アシエンダ・ルイシタ農園でおきた農業労働者の虐殺は、労働者の基本的権利の純然たる、しかも甚だしい侵害である。このような労働者の基本的権利は、ストライキの権利および自己主張の権利として、ILO条約第97条と国連経済社会理事会(ECOSOC)に定められている。わずかな賃上げと労働条件の改善という労働者の要求が交渉で認められなかったため、統一ルイシタ労働組合(ULWU: The United Luisita Workers Union)もセントラル・アズカレラ・タルラック労働組合(CATLU: The Central Azucarera de Tarlac Labor Union)もストライキを続行した。労働者側の重要な要求の一つは、包括的農業改革法に定められた土地にたいする権利をめぐる要求だった。しかし労働雇用省(DOLE: Department of Labor and Employment)は僭越な管理命令を出し、警察と軍にこの管理命令の実施を命じた。放水砲により労働者たちを蹴散らそうとした試みが三度失敗し、その後、丸腰の労働者に向かって銃が発砲され、死者7人、負傷者72人の大惨事となった。虐殺はこの殺戮で終わらなかった。労働者の支援者――そのなかにウィリアム・テデナ神父とならんで、イグレシア・フィリピノ・インデペンディエンテ教会のアルベルト・B・ラメント司教および、2人の指導者のマルセル・ベルトランとアベラルドが含まれていた――も別々の機会に殺害された。
 農業改良省が認めた土地に帰還した農民の場合も、パロ島、レイテ島のサン・アグスティン農民ベネフィシャリーズ多目的協同組合の事例のように、支援者は武装集団にむごたらしくなぶり殺され、加害者は処罰をまぬがれている。法は銃のまえに沈黙している。
 アロヨ体制は、世界銀行が鉱業活性化のための国家政策アジェンダを推奨していると称して、鉱山部門の自由化を目指した1995年の鉱山法の実施に取りかかっている。これによって、金、銀、銅、クロム鉄鉱、ニッケルなど、フィリピンの豊富な鉱物の徹底的搾取の過程が強化されている。商業的採鉱活動と多様な企業による伐採活動は、住民の現在世代と将来世代のどちらにも影響を与えている。これが長く続けば、民衆の先祖伝来の土地、文化、アイデンティティは破壊されるだろう。
 恒久民族民衆法廷(PPT)に提出された文書――そのなかにマドリガル上院議員の感動的な証言も含まれている――によれば、アロヨ政権が先住民族問題国家委員会(NCIP: National Commission on Indigenous Peoples)を農業改良省の管轄下に移管したことによって、憲法に定められている先住民の独立問題が危うくなっている。そればかりではない。先住民の土地を奪う道も用意され、先住民は先祖伝来の家から追われ、土地と慣習的権利を失うという事態を招いている。ザンバオンガのトロント・ベンチャーズ会社とラプラプ島のラファイエット鉱山株式会社の事例や、ボラカイ島で行われている大規模な土地収奪がそのまぎれもない証拠である。
 このような形態の権利侵害は、土地、文化、アイデンティティへの権利を要求する民衆の抵抗を引き起こしている。しかし民衆の抵抗は、軍隊による恣意的逮捕、迫害、拷問、殺害、財産と土地の破壊など、様ざまな人権侵害に遭遇している。超法規的殺害の証拠として、カリンガのコーディレラ民衆同盟とバヤン・ムナの指導者で、カンカネイ人の「チャンドゥ」・クラバー博士の場合がある。覆面の男たちが家族と一緒に車の中にいた彼を待ち伏せし、妻は銃撃の傷がもとで死亡した。彼とその子どもたちはいま、身を守るため、カナダに亡命を申請している。
 3770万人の労働者のなかで、失業者が410万人、不完全就業者が750万人いる。このような状況から、よりよい暮らしと仕事を求めて、毎日およそ3,200人の労働者が海外に脱出している。ここには、アロヨ政権による規制緩和の結果、急増した悪辣な斡旋業者の手引きで違法に海を渡っている何百人、あるいは何千人という人びとは含まれない。毎年、総額130億米ドルにおよぶ巨額の送金能力のある、およそ900万人の海外フィリピン労働者がいる。そのうえ、非公式のルートで、推定でさらに30億米ドルから40億米ドルが送金されている。女性の貧困により、基地関連の仕事で海外に出る労働者の70%以上は女性である。
 しかし、国民所得における労働のシェアの下落は、生活費の上昇にはるかに及ばない低賃金と最低賃金の反映であり、労働組合は賃上げと労働条件の改善を要求している。これと衝突するのが企業、とりわけトヨタ、ネッスル、その他の多国籍企業(TNCs)の傲慢な権力である。彼らの手口は、労働者の行為をやめさせるために、合法をよそおった非合法の殺害・弾圧・拷問によって、労働組合指導者を解雇するか、あるいは労働雇用省(DOLE)と軍隊を使うか、のどちらかである。労働雇用省は僭越な管理命令を利用して、労働争議に介入する権利を軍隊に与えている。トヨタの労働者の事例については、審判員に十分な文書が提出されている。そこには、ILOが勧告する労働者の権利を尊重するという姿勢や認識はまったく見られない。したがって、アロヨ政権に支援された企業は労働者の権利を侵害し、義務をまったく果たしていない。


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