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■ 最近の寄稿より




『社会新報』2004年2月11日号 掲載

文化人コラム「小田実の これだけは言いたい」2
「民間人が守る戦車」のふしぎ

 長く生きていると、ふしぎなことに出くわす。軍隊が民間人を守るのではなく、民間人が軍隊を守る――というのである。こんな奇想天外なことはヨワイ七十一歳にして、私は、これまで聞いたことはない(誰か聞いた人がいるだろうか。いたら、ぜひ教えてくれたまえ)。

 イラクのサマワでは、自衛隊迎え入れるにあたって、その他に数多くいる部族という住民集団のえらいさんの一人が、日本の新聞記者に「わたくしたちが自衛隊を守ってあげるから、心配はいらん。安心して来てほしい」と言った。そう新聞に書いてあった。

 自衛隊は、小泉何某氏に言われるまでもなく、れっきとした軍隊である。しかも、このサマワへの「派兵」には、かなりの重武装で行く。この軍隊を、なかに銃を持っているのが少しいたとしても、本来、非軍隊=民間人の住民が守るというのだから、これほど本末転倒、常識外れ、奇怪なことはない。これは戦車の周りを武器を待たないマルゴシの民間人が「人間の輪」もしくは「人間の楯」をつくって守っているのと同じことだ。まるでマン画である。

 部族のえらいさんは、「人間の輪」「人間の楯」による戦車防衛の決意を口にしたあと、どうやらこちらの方がホンネだったらしいが、自衛隊よ、仕事をくれ、仕事をつくれ、と言った。そう新聞に書いていた。

 これも本末転倒、常識外れ、奇怪なことである。自衛隊は軍隊だ。会社、工場ではない。軍隊も少しは、また一時的には仕事をつくれるかも知れないが、本格的、大規模にできるはずはない。仕事を十分にくれなくて不満をもった住民が押しかけて来たとしたら、戦車の周りの同じ住民の「人間の輪」「人間の楯」はどうするのか。いや、そのとき、「人間の輪」「人間の楯」によって守られた戦車はどうするのか。

 私は先月、鶴見俊輔氏と大阪で討論集会を開いた。そのとき、「兵を引け」と題して出した声明の一部を、ここで書いておこう。

 「イラクには、まず、平和づくりの協力に徹して、民間支援ができる環境をつくる。その上で民間支援を大々的に行なえ。武器を携行した自衛隊の派兵はいらない」。

 私は、自衛隊という軍隊の「給水」がどのように貧弱なものかについて前回に書いた。「給水」を言うなら、たとえば、民間の給水車を必要なだけ送って、運転はすべてサマワの住民に頼め。






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